Swimy の背景1.何のための情報化か

組識とか社会はみんなが共通の目的を持ったときに効率よくまとまります。日本は戦後、製造輸出立国を共通目的として国を建て直してゆくという国家ビジョンのもとで奇跡的な経済発展を遂げました。東西の冷戦構造や世界的な規模での工業製品に対する需要増などが追い風になったかもしれません。戦後、躍進した大きな企業はどこも東京を拠点として世界展開を図りました。戦後の日本の経済を牽引したのは紛れもなくそうした大企業でしょう。そうした大企業の高度成長のフロンティアとしてでき上がった社会がつまりは東京であり、それはまた中央一極集中を具現化した日本のすがたでもありました。

この仕組みは日本が高度成長しているときにはよかったのですが、しかしそのことは、地方が中央に従属する(言い方を変えれば地方が持つべきいろいろな自律機能を放棄する)こととの引き換えに、中央からのしごとによる経済面だけの「自立」を与えられるという仕組を導くことになってしまい、結局、中央への依存度の高いものになってしまいました。こうした仕組では中央が行き詰まると、全部が行き詰まってしまうことになります。たとえば企業については、経営が行き詰まったときなどには、得てして中央を守らねばならない構造を持ったモデルになってしまい、地方支社や下請けはあらゆる面で本社の意向に従わねばならないシステムになってしまいます。

ところでじつは、日本という国家の統治や経済の仕組みも同じように成り立っていると言えます。これからの日本では、社会全体を中央に依存しない「自律」的な生き方が求められるものと思います。それは、おそらくネットワークを利用して連携しながら自立を図ることのできる社会であって、そのためには、地元の意思によって自立の仕組みを取り込んだ企業をフロンティアとして、社会の再構築を図るべきであろうと思います。

これはインターネットのようなオープンな情報共有インフラによってこそ実現が可能になるものと思います。日本だけでなく世界的に必要とされるモデルになるでしょう。しかも多くの人々の共感が得られるであろうとも思います。日本も早くそうしたモデルに移行して行くのがよい選択と思います。

swimyにおいては、そのような「新たな社会」は、個人を軸に据えた社会であって、その延長線上に小さな組識や地域性をだいじにする社会があると考え、それを「Small is Beautiful」の社会と呼んでいます(F・アーンスト・シューマッハーの『スモール イズ ビューティフル』が有名ですが、ここでは、必ずしもそれを実践しようと言うものではありません。もちろん重複する部分はあるものと思います)。Swimyはいままで、それがどのような価値観を持った社会で、情報産業がそれにどのように対応してゆかねばならないかについて、ネットワーク上で「考えの交換」を行い、さらにそこから自らの考えを補強して行くことを目的としていました。これからは、それに加えてもう少し実行へ向けて具体化して行きたいものと考えています。新しいSmall is beautifulの社会における具体的な活動や製品、サービスなどについて積極的に紹介しあい議論の対象にしてゆきたいのです。