日本社会の持つコミュニティー文化

僕は下の今岡さんの感覚で地球を枠組みとしたコミュ二ティーを作る必要を感じているのですが、さて、それをどうやればよいのか、そこに多大な知恵のシェアが必要です;
ご参考;
 日本的なる感性は縄文時代に作られ、弥生時代に大陸の戦いが導入され、奈良時代に仏教儒教の理論が、江戸時代に朱子学という上からの体制論が、明治時代に西洋の理性中心の文明が入りましたが、仏教国にも儒教国にも、キリスト教国にもならずあらゆる文明を受け入れる素晴らしい国だと思います。底流には、人間は自然の一部という生命観があります。福島の問題への違和感は人類の生命への本能的危機観ですね。西洋はダーウィンの進化論とヘーゲルの弁証法で人間は進化する。西洋が最先端にいるので弱肉強食は自然である。日本はあの大戦で無くなっていたかもしれない300万人の犠牲が、今の日本を存続させた。感謝と祈りを持つて、日本の底流にある感性を蘇らせて世界に貢献する必要があります。
今岡善次郎

コメント

  1. 山田 博英 より:

    そのためには米国を引っ張りこむ必要を感じるのですが、どうも西欧文化には日本的なコミュニティーの概念がない感じがします。それをどう定義してどう説明したら良いのでしょうか。