自由とコミュニティーの融合世界

皆様、

 ぼくには日本は個々が人に迷惑をかけないようにボトムアップにまとまってゆく社会文化の国と思いますが、弱点は人の自由が抑えられたシステムということです。一方人口国家であるアメリカは自由を求めた誰でも受け入れる用意のある法律国家ですが日本的コミュニティーが存在しません。世界がネットで結ばれてゆく中、日本とアメリカのシステムを繋ぎ合わせたようなシステムで地球を住処とする日本的なコミュニティーがネットでできないか、と考えいるのですが何か良い案はないでしょうか。

ところでそんなことを考えている時に下の今岡さんのご意見があり、とてもぼくには重要な話なのでご参考に。

山田博英

今岡善太郎氏よりの転載:

■多摩大学の元学長であったグレゴリークラークは

クラーク氏によると明治以降150年以上欧米と接しているのに

日本人は心理的・考え方の面で他の民族とはあまりにも違っていて

昔から少しでも変わっていない。

■彼の体験によると

韓国人や中国人やインド人は西洋人に比べて文化の違いはあっての

心理的には欧米人と同じで個人性が強く、西洋人とユーモアを共有する。

西洋人も中国人も韓国人も宗教の原理や原則など理性を要求される抽象的

なものへの関心が日本人より強い。

日本人は現実の問題解決に熱意を示すが西洋人、中国人、韓国人、インド人は

現実の問題よりも思想や哲学に関心を示す。

思想や哲学を上位におくと、現実と合わないと現実の経験は錯覚じゃないかと

解釈する傾向がある。

■キリスト教も、仏教も、儒教も聖書、経典、論語など

文字で表す理性に基づいた思想がある。

ところが日本人が思想というより心理、魂を習慣として繋いでいる神道には文字がない。

理性とは違う心理(魂)で社会の行動規範はできているので西洋から来て日本社会に溶け込むには

謙虚に文化に順応して自分を変えてしまうそうだ。

■日本以外では神父は文化的思想的な優越から無意識に

自分を高いところに置き、教え導いて来たという満足感がある。

ところが日本では異質で優れた文化が立ちふさがっているので

自分を変えなければ生きていけない。

自分を変えた神父は帰国すると

すんなり元の社会には戻れない。

日本的経営を自虐的に見下し

欧米式を礼賛するMBA教育は現場より

抽象的な理論やコンセプトを重視する。

中身より見せ方が大事だなどという

実学無視の教育をする。

キリスト教の神父の話しから

欧米式MBA教育の在り方と日本式経営のありかたの

違いに、相似形が見えるように思います。

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今岡善次郎