“Interface between People & Technology”

皆様

下の図はエンゲルバートのグループの一人から送られてきたものですが、極めて重要な意味を僕は感じています。

;”Interface between People & Technology” – Doug Engelbart’s favorite cartoon https://engelbart85.wordpress.com/…/31/from-switzerland/

John Deneen's photo.

世界がネットワークで繋がれてゆくこれからの世界は、
ー複雑系;全体が部分になり部分が全体になる社会(augmentationの世界)
それに向けた実行は;
ー人間のDNAが持つ動物的感覚を思考の中に取り戻しながらネットワーク上で
Networked Improvement Communityを作りD EngelbartのABCモデルで世界
を変えてゆく

この世界をもう少し我々の現実に近づけていうと;
全体を慮る日本的なCommmunity心情をもった個人による個人の自由を尊重する世界
ーswimyメールリスト意見交換より

コメント

  1. 山田 博英 より:

    ミツバチの世界では、だれもがリーダで、だれもがリーダでない模様。(ほぼ?)全員に自主性があって、自分がこう「すべき」と思ったら、全員に知らせるようだ。が、情報もらっても、自分のもってる情報(考え?)の方がいい、と思ったら「自身」の考えで(別)行動するとか。ーFuruichi Ryouji FBook談

     Niklas Luhmanの描いていた社会はこういうイメージではなのだろうか。今の社会構造をそのような世界へ向けるにはコミュニケーションにより「人や地球を大事にする」というような世界の人が水平に同感出来るテーマのもとにその気持ちを共有しながら産業中心の閉鎖系社会から解放系への転換をはかる必要がある。Douglas Engelbartの Impropvement of improvementモデルは閉鎖型の今の組織を解放系にして社会転換をはかろうとするものだと思う。

  2. 山田 博英 より:

    鳥の群れの形態、雁行形態を見て先頭の鳥がトップダウンのコミュニケ―ションリーダーとしてシミレーションしたら全く再現モデルはできなかった。各鳥に自律ロジックを持たせ情報共有したら再現できた。この研究は確か、サンタフェ研究所でBOIDと言ったと思います。
    ー swimyメールリスト今岡善次郎談

    ネット情報共有時代は何年かかろうとも世界はこの鳥モデルになってゆかざるをえないか。

  3. 神谷 英一郎 より:

    山田さん、
    1)情報を共有する 2)個々のメンバーが自主性を持つ の2点は人の社会でも同じです。人の場合はさらに 3)目的を達成するために組織を作って目的達成に効率よくまい進する、またそのために指令系統を整備する が加わりますが、NIC というのは(3)の機能を代替しうるということですか? つまり、今まではやむを得ず組織に属していた人がこれからは組織のしがらみに縛られなくてよい時代なのだ、ということでしょうか。

    • 山田 博英 より:

      神谷さん、
       今や我々の世界は企業等の組織フレーム等が社会の制御フレームとなってその中に閉じ込められています。なので神谷さん言われるとおり(3)をもっと個人の直接的な制御の元に作れないか、そしてその組織の目的を利益追求を超えて世界の調和へのミッションも組めないか、ということです。とは言ってもそんなことを直接革命のようにすることはできないので、
      (1)新しい社会軸を追加して2軸モデルをつくる、
      http://www.abccommunity.org/change.html
      (2)それに向けてEngelbartのABC/Nicモデルをつかって何年かかろうと徐々に
      むけてゆく社会の流れをつくろう、

      ということです。このエンゲルバートのモデルとは企業は利益を出せば良い社会の構築をするを超えて、将来の世界をイメージして何のために存在しているのかその社会的ミッションをもう少し直接的に掲げて存在しようというものです。理論化是非よろしくお願いします。

  4. 神谷 英一郎 より:

    つまり、会社のような組織に属することが居心地が良いと考えている大半の日本人にとっては、関係のない話となりますか?
    それとも、今後はもう「大半の日本人」が属していられる居心地が良い会社組織はなくなってしまうのだ、ということですか?
    それとも、生活費と稼ぐ会社組織とは別に、NICによってできることがあるのでしょうか。

    • 山田 博英 より:

      神谷さん、高度成長時代のころはなんとなくであったにしろよく勉強して良い会社に入ればよい社会の構築に貢献しているという感覚があり、そんななかで東京集中、大企業のもとでの終身雇用の企業文化が日本国をまとめてゆくの役立ちました。でも現状はその感覚は無くなっていてこのままでは日本の再起動はないと皆感じ出しているのではないでしょうか。今の社会構造とその流れでいくら働いでもだめで産業構造、社会構造の変革が必要だということです。そのためにはこれからの社会はどのような社会にすればよいのかそのビジョンの元にどう産業の活性化をするのか、そういう思考構造で考える必要があると言う意味です。

  5. 神谷 英一郎 より:

    「今の社会構造とその流れでいくら働いでもだめ」なのはなぜでしょうか。世の中がどう変わってしまったのでしょうか。
    「産業構造、社会構造の変革」は大企業には期待できないということでしょうか。
    NICで結ばれた自立した・自律できる個人にどんなアドバンテージがあるのでしょうか。

    • 山田 博英 より:

      神谷さん、ここは逆に質問させてください。社会というのは「個」と全体の関係でなると思うのですが、その関係が例えば30年前と今ではがぜん不安定になってきているとおもうのですがそこは神谷さんはどう思われていますか?

  6. 神谷 英一郎 より:

    なるほど。
    30年前というとバブル前夜で、追いつくべき目標があって、何を・どう・どの優先順位で行えばよいかが明確だった時代が終わりに近づいていました。今はグローバル化の時代で、賃金が10分の1の人たちと競争するというハンデを負っています(負けるに決まっている)。
    で、アメリカではラリー・ペイジとセルゲイ・ブリン、マーク・ザッカーバーグ、イーロン・マスクといった「稼げる個人」が輩出し、かつての「エクセレント・カンパニー」はまったく振るいません。日本はグローバルに稼げる会社が頑張っているように思います。
    むむ・・・。

  7. 神谷 英一郎 より:

    ここで「天才」の話とつながってくると思います。大多数の人にとっては、「会社に頼って」できる範囲で頑張るのが効率よく稼ぐ道であることは、昔もこれからも変わらないでしょう。
    日本の会社組織は上にそこそこ本物を見る目があって「やってみなはれ、責任はオレが持つ」という組織運営にたけた人がいて、下にそこそこ優れたアイディアを持った人がいて、総合力で「天才」と同じような力を発揮してきたのでしょう。だから先ず「グローバルに稼げて・い・な・い・会社」にもっと頑張ってもらわないといけません。
    それでもなおかつてほどは会社に頼れないという現実があるから「2軸」なのだ、ということでしょうか。そうすると、しっかりした会社組織と同等に個人の稼ぎをサポートができるNICのあり方、という大変難しい議論になってきませんか。

    • 山田 博英 より:

      神谷さん、そのとうりです、既存の行動フレームが使えないのです。難しい議論で、高い(良い悪いではありません)視点をシェアーする仲間たちの間での議論、コミニュケーションが必要です。