歴史認識とは何か

日本の世界史には日本が、日本史には世界が欠落していることへの不満を持つ著者が「日露戦争からアジア太平洋戦争まで」の近代史を描いたものだが、私には著者の意気込みの部分がよくわからなかった(ということは、日本史と世界史の融合に成功しているこことなのか?)。

本書の内容を一言で言ってしまえば、ヨーロッパはあまりに悲惨だった一次大戦の反省から非戦へと舵を切ったが、遅れてやってきた帝国主義日本はその流れを理解しなかった、ということだ。私に新しいと思えた視点は 1)ヨーロッパは数百年にわたる戦争と外交の歴史を持っているが、日本は当然ながらその外交のルールに慣れていない、2)またヨーロッパもそういう日本の扱いに困っていた、という点である。そしてこれは『世界』の力の構造が全く変わってしまった現在も少しも改善されていないのではないか。むしろ東アジア世界が加わった分だけ余計に日本は戸惑っているようにも思える。

この時期の我が国の歴史が結果として失敗であったこと、少なくとも、もっとうまくやれたであろうことに異論は少ないと思うし、その経緯や原因を論ずることに意味があるのはもちろんだが、最終的には「空気」が物事を決める我が国の言論空間(の欠如)に行き着く、そしてその状況は現在も全く変わっていないと考えている私には、どうも空しい読後感が残った(本書の内容に対してではなく)。

著者は自分の立場を表に出さずに中立な記述を心がけている。つまり、右寄りの私からは不満な内容なのだが、おそらく左寄りの読者も不満を感じるのであろう。とすれば、現在の、右と左がまったくかみ合わない歴史議論のベースはこの辺りかもしれない。
rekisininsiki